アンディフグの現在は?死因は白血病だった?最期や墓について!

今回は今は亡きK-1選手だったアンディフグについて調べてみました。

アンディフグは現在死去。死因は白血病だった

アンディフグは 1964年9月7日生まれのスイス出身の空手家、キックボクサーでした。

得意技は踵落とし、下段後ろ回し蹴り、左フック。

入場時にはゴットハードの『Fight for Your Life』(邦題:闘え!アンディ・フグ)やクイーンの「ウィ・ウィル・ロック・ユー」をテーマ曲に使用していました。

家族は妻、イローナと息子のセイヤがいました。

そんなアンディフグが空手を始めたきっかけは10歳の頃とき、ブルース・リーに憧れて極真空手を始めたのだとか。

ですが、子供のころは素行が悪く、不良グループのリーダーもしていたらしいです。

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ですが、空手が合っていたのでしょう。

1985年に極真ヨーロッパ選手権で優勝。

1987年の第4回世界大会では、決勝戦で松井章圭に敗れ準優勝。

1989年に極真ヨーロッパ選手権で同大会2度目の優勝。

1991年の極真ヨーロッパ選手権にて、決勝戦で黒豹の異名を持つマイケル・トンプソンに敗れ準優勝。

ちなみに1987年の成績は当時の外国人では歴代最高位の成績なのです。

その後、極真会館を離れ、正道会館に移籍したアンディフグは1993年からK-1に旗揚げし、村上竜司と対戦し、踵落としで勝利した姿は、空手ファンだけでなくキックボクシングファンにアンディフグの名前が広まるきっかけとなりました。

その後、アンディフグは

3月の「K-1チャレンジ」においては、初代K-1チャンピオンのブランコ・シカテッィクを撃破してファンの注目を集めた。

しかし、万全を期した「K-1グランプリ」に関しては、 ‘94年、 ‘95年といずれも、誰もが予想しなかった初戦敗退を喫した。

まさに、不屈の闘志で勝ち取ったK-1 KINGとなった。

ですが

「K-1グランプリ’96」では、マイク・ベルナルドを破りK-1王者となったほか、’97、’98と準優勝を飾るなど活躍。

アンディフグは他にも芸能活動もしており、カップラーメンのCMやテレビ番組にも出演していました。

ただアンディフグは2000年8月24日享年35歳の若さでこの世を去りました。

白血病でした。

しかも進行の早い「急性前骨髄球性白血病」だったそうです。

アンディは8月に入って、母国スイスにCM撮影のため帰国。

そこで39度の高熱が出たため、精密検査を受けたという。

15日に日本に戻ったが、熱は下がらず、それでもアンディは律義にスイスの検査報告を待っていた。

しかしどうしても耐えられず、19日に自力でタクシーに乗り、K-1のリングドクターのところに相談へ。

「これはただごとではない」と診断され、日本医科大に緊急入院し白血病であることが判明した。

亡くなったのが8月24日、症状が出たのも8月、ということは本当に急に発症してそのまま還らぬ人となったことが分かります。

白血病の症状や余命についてチェック!

白血病とは

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「血液のがん」ともいわれ、遺伝子変異を起こした造血細胞(白血病細胞)が骨髄で自律的に増殖して正常な造血を阻害し、多くは骨髄のみにとどまらず血液中にも白血病細胞があふれ出てくる血液疾患である。

白血病は10万に7人と発症率は極めて低いのですが、子供から高齢まで幅広い年齢層で発症する病気でもあります。

白血病は急性骨髄性白血病 (AML)、急性リンパ性白血病 (ALL)、慢性骨髄性白血病 (CML)、慢性リンパ性白血病 (CLL)と、大きく4つに分けられます。

白血病の症状としてはやはり「発熱」ではないでしょうか。

風邪のような症状が長期間続いておかしいと思い、病院に行って病気が分かることが多いみたいです。

他にも

貧血も進行するようになり、めまいや動悸、息切れ、運動時の易疲労感、顔色不良などの症状も現れます。

また、血小板が減少する結果、出血しやすくなります。

具体的には、歯肉からの出血、鼻血、あざなどの症状が現れます。

余命については一昔であれば「不治の病」と言われていた白血病ですが、近年は抗がん剤の種類も増え、完治している人もいれば残念ながら亡くなる人もいる、というのが現状のようです。

やはり早期発見が余命を長くする一番の近道なのではないでしょうか。

最期の生活はどんな感じだったのかが気になる!

アンディフグが白血病と分かってから亡くなるまで実に1週間もありませんでした。

もちろん、彼はこの年の10月に試合の予定があり、出場予定でもありました。

突然の病名に一番驚いたのは言うまでもなくアンディフグ本人でしょう。

2000年8月24日記者会見でアンディフグさんが白血病だったことを公表してからわずか数時間後に亡くなるまで

いよいよ危ない状態になってきた。

駆けつけた全員が、アンディのベッドに集まり、声援を送る。

心拍数などの数値がどんどん下がっていくにつれ、涙ながらの「アンディ!」「アンディ!」という声が飛び交う。

「アンディ、まだ試合は終わっちゃいないよ。ダメだ、ダメだ、あきらめちゃ」

「キープ・ゴーイング・オン、キープ・ゴーイング・オン。続行、続行だよ、アンディ!」

「ハンズ・アップ! ハンズ・アップ! 手を上げろ!試合は終わっちゃいないんだから」

「アンディ、おまえいっつもカラテ・スピリットって言ってたやないか。何やっとんのや、情けない! あきらめるなよ。あきらめるなよ」

そう涙ながらに叫ぶ角田。

数値がOになる。

しかし、角田らの声援で驚くことにアンディは再び息を吹き返す。

アンディはそれを三度も繰り返した。

しかし、心拍数が四度目の0になった時、主治医がついに「これでもう休ませてあげましょう」と言った。

生きたいとアンディフグは思っていたのでしょう。

アンディフグの墓が日本にあるらしい!京都の龍宝山大徳寺にあるって本当!?

実はアンディフグは父親は子供のころに他界、母親は行方不明、育ててくれた祖母や姉とは何年も会っていたなかったそうです。

その上、自身も子供をもうけますが離婚していました。

それがあったのか、アンディフグのお墓はなんと日本にあります。

アンディフグのお墓は京都府京都市北区紫野大徳寺町にある「大徳寺」という寺にあるとのことです。

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